東広島のペット火葬、納骨 逢の杜ペット霊園です^ ^ 本日は、ペットさんとは直接関係しないかもしれませんが、 エンディングノート に関してお話したいと思います。 このエンディングノートというもの、 都市部の方たちを中心に、 まさに"時代が求めたもの"という様相です。 ここ広島でも、にわかに話題が集まり、各団体企業がセミナーも積極的に行っております。 このエンディングノートは、 遺書や、公正証書とはまた違いますが、その目的は主に、 臨終や死後のあらゆることに関してあらかじめ意思表示し、 残された家族の負担を軽減し、 "揉める"ことを防ぐ といったところだと私は感じます。 さてこのエンディングノート、 数多くのセミナーが開かれておりますが、 "その参加者で実際にノートを書いた人"の割合は、 ある企業の統計によると、2%ほどだと聞きました。 少ないですね。。。 なぜでしょう??? さて一方、逢の杜ペット霊園でお世話させていただいている、 ペットさんたちの"エンディング"に関してはどうでしょう。 当然ペットさんたちは、 自分でノートを書くこともできませんし、 その意思を形で残すことすらできません。 そのペットさんたちとの介護、死別に際して、私たち飼い主はどのように接するでしょうか。 皆さん誰もがそうですが、 言葉を交わせないぶん、 一所懸命、その子のためになることを 想像します。 そして、実行します。 か弱く、自分に全てを委ねている存在に対して、私たちが してあげたい と思い実行することは、 雑念の入り得ない、 とてもピュアな愛情だと思います。 「○○ちゃん、ここが痛いんやね、 早くお医者さん連れていってあげるからね。」 「□□ちゃん、お参りに来たよ。 □□ちゃんの好きなジャーキー持ってきたけんね。」 これらの気持ちは、 お互いに、もう触れ合えない関係にあるからこそ、嬉しいのだと思います。 亡くなった自分のことを、そこまで大切に考え巡らせてくれることこそが。 ここでもし、ペットさんたちが言語をもち、 「わたしの意識がなくなったら、延命しないでください」 「わたしのお墓には、ジャーキーを持ってきてください」 というエンディングノートを残したとしたら、、、(O_o)? エンディングノートの内容には確かにとても大切な項目もあり、 それを必要としている家庭、親子はたくさんいて、これからも増えていくでしょう。 しかし、必要とわかっていても、 "書けない" 人が多いという事実。 その理由を、わたしたちの世代 (エンディングノートを書く世代の子供たち)は、よくよく考えるべきです。 本来であれば我が親に対して、 「エンディングノートなど書かなくても、わたしの子供たちは、あとのことをしっかりやってくれる」 という 安心 を与えてあげることこそが、 間違いなく一番喜ばしいことであり、 わたしたち世代の役目であるはずなのですから。 逢の杜ペット霊園

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